なんちゃって田舎暮らし

JakeとYokoの田舎暮らしのページです。Iターンで京都から500キロのここ桜江にやって来ました。はじめての田舎暮らしで毎日いろんな初体験をしています。

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隔年恒例Davies家里帰り&バケーション道中記 2005

最初に

皆さんこんにちは。道中記書き上げました。どーでもいーよーな話しも多くて飽きてしまうと思いますが、それでもいいよんという方は時間つぶしに読んでみてください。日本に帰ってきてまず時差ぼけに悩まされるかと思っていましたが、それよりも価格ぼけ(いろんなものの価格差)にへたっております。いやあ、つらいつらい。
ところでジェイクが旅の写真をまとめたサイトがあります。よろしかったら御覧下さい。
www.flickr.com/photos/ojisanjake/sets/401928/
www.flickr.com/photos/ojisanjake/sets/409842

プロローグ 桜江ー関空

江津駅前発大阪行きの浜田道エクスプレスのバスに乗る為、つりたつ前で江津駅行きのバスを待っていた。しかし、時間になってもバスが来ない。「ひょっとして5月からバス廃止???」と慌てた。タクシーを呼ぼうとふれあい市場まで走り、袋井さんに頼んで電話を借りて電話するもどのタクシーもあいにくいっぱいで無理。まじでどうしよう!とおたおたしてたらバス停からジェイクが呼ぶ。バスが来た!よかったー!と喜び勇んでかけ戻って乗車。しかし、JRバスよ。なぜ広島から2,600円くらいなのに川戸から江津の短い距離で650円もするのか・・・。江津駅に到着し、バスを乗り換えて大阪へ。6時くらいには到着。飛行機は夜中1:25出発なのでまだ6時間くらい間があるが大阪のあまりの賑わいに田舎もんの2人はへこたれ、すぐさま空港行きのバスに乗り込んだ。バスバスバスである。それにしても景色のあまりの違い。南港の辺りを通ったとき、車窓から見える2~3棟のアパートだけで桜江町の人口カバーしそうであった。あっちこっち、工場の煙突やパイプだらけで申し訳ないけど不健康な雰囲気。都会は大変そうだねえ。さて、空港に7時くらいには到着してしまった。おもいっきり時間をつぶさねばならないのでとりあえず空港内のカフェテリアでコーヒーなど飲みつつボヤーッとすごす。なんでか知らないが、お客はヤンキーな人、人、人だらけ。どこに行くのだろうか・・・。耳も首もシャネルのジュエリーがきらめく人々。でも足元はカランカランいうヘップサンダルで、なぜか提げているカバンはテディベアの布製トートバッグだったりするのが不思議だなーとついつい観察してしまった。出発もしていないけどすでにぐったり。今回はタイ経由なので3日ほど滞在する。ついたらタイ式マッサージ受けるゾーとガマンガマン。あーしかし、今回もいろんな事ありそうだ・・・。

第1部 タイ道中記


金ぴかです

お寺の蓮

お寺の屋根は皆こう
9日プーケットで飛行機を乗り換え、朝8時くらいにバンコクに到着。空港バスで予約してあるホテルへ向かう。バンコクは空気が悪いとかどーのと聞いていたが、お寺や緑あふれる公園が多いようで同じ都会でも大阪とか東京よりずっといい。道は同じような感じだが、バスの横を走っているピックアップトラックにはドリアン満載だったりしてやはり南国。しかし、ピックアップトラックがむちゃくちゃ多い。人満載のもバンバン走っている。日本だったら違法なんじゃないのだろうか。バイクもミョーに多いが皆さんヘルメットは腕に下げててかぶってませんな。運転オトーサン、後ろにオカーサン、真中に子供・・・もOKのようだ・・・。背中に子供くくりつけて運転している車も多い。どこかの国々ではチャイルドシートが義務づけられてますけど・・。さて、今回泊まるリージェンシーホテルは友達に推薦がされたのでネットで予約しといたのだがキレイで安い。タイに行く方、お勧めします。近くにタイマッサージ店多し。いろいろ値段などチェック。着替えてからご飯を食べに出た。初タイ料理かと思いきや、ホテル近くにあったアイリッシュパブがジェイクの目に止まり、初食事がなんとイングリッシュブレックファスト。なんでだー!気を取り直して、ブラブラしてから5時くらいに一人でタイマッサージを受けに外にでた。おしゃれな店も多かったが、NHKの体操のおねーさんみたいにポロシャツにジャージのおばさんだらけの店を選んだ。大体定食屋とかと同じで地味な所の方が、安くてうまいに違いない。実際、他に比べて安かった。2時間たっぷりマッサージしてもらってお茶まで出してもらって日本円にして700円くらいという驚きの値段。おばちゃん誘拐してつれて帰りたくなる位であった。タイマッサージって想像してたのと違って、ある意味リンパマッサージのよーな印象。身体が軽くなった。顔までマッサージしてくれたし。最後の方はチャンプさんだったら「ギャー!ごめんなさいッ!」連発まちがいなしのモミ方もあったが。明日は足マッサージ受けるぞ!と決めた。タイマッサージ最高。そしてやっと夕食にタイ料理を食べた。まあまあ満足。

静かなお寺

実はすごく大きい涅槃仏

ぶたちゃん達
10日、どこもかしこも花がキレイである。朝早くからお寺巡り。8時の段階で汗だく。すごい湿気だ。それにしてもさすがタイだと思ったのが、中央分離帯の植木が日本だと丸~くカットされていたりするのだけれどなんとゾウ型。進行方向に向かって緑のゾウさんが並んでいた。それに道路沿いのおじさん、道路側に向かって立ちションしていた・・・。丸見えだった。いろんなプチショック有り。しかし、家具製造の通りは楽しかった。手の込んだ彫り物のしてあるドアをつくっているところなんかが見られて楽しかった。それにしても道がどこもデコボコが多くて、車椅子だったら絶対無理じゃないかと思った。あっちこっちジェイクが見たいお寺をことごとく見てから歩いて戻るか、それとも船に乗るか聞かれたのでチャイナタウンを通って歩きたいというといいよとのことだったが結構距離があってジェイク怒り出す。自分の都合でこうだからなあ!しかしチャイナタウンはものすごい人出と活気でまるで祭りでもあるのかという混雑具合。しかし、何でもべラボーに安いし、うさんくささ全開。プリプリしてるジェイクがいなかったら丸一日すごせそうな場所だった。それにしてもさすがに仏教の国。お供え用の花の店の多いこと!さて夕方になってちょっと何か食べようと軽くメキシコ料理の店に向かったがこれが大失敗。ほとんどバーみたいなものというか超ミニのオネーサンたちがいっぱいで、白人のおっさんにベタベタしているホステスクラブだった。料理たのんだのは私達だけだろう。私的には大変いづらい感じだった。値段もえらい高かった(タイにしては)。それにしてもタイでは何でかしらんが太った白人のおっさん連中は大抵、可愛く若く(ほぼ16歳くらいか)スレンダーなタイの女の子連れで歩いていて、ジェイクは「そりゃー、金だよ。」と言っていた。日本人も一緒だ。ジェイクによると白人男性とのカップルが目立つのは白人男性は堂々と昼真っから彼女達といる。でも日本の男性達は夜だけこそこそと彼女達に会っているからサと笑っていた。そうかも。ジェイクもマッサージを受けるというので一緒に出かけた。私は今日は足マッサージ。痛いと思っていたが全然平気でちょっと胃腸が弱っているなーくらいだった。以外。暗くなってからナイトマーケットに出かけたが、ショッピング嫌いのおっさんと一緒だと全然ゆっくり楽しめない。あわててお土産を買うくらいしか時間がなかった。おもしろそうなものいっぱいあったのに・・・。そういや針金ですんごい上手にハーレーを作っているおじさんがいた。これおみやげにしたらチャンプさん怒るかなあと思い、やめた。

ゾウさん

エレファントライド

ボートから
11日、朝6:30に昨晩予約しといたツアーに参加の為、ホテルの入り口前でお迎えが来るのを待っていた時、道路の向かい側にジュース売りの屋台が出ていて若いオネーサンが準備をしていた。しばらくして向こうのほうからお坊さんが托鉢しながらこちらに向かってきた。お坊さんは素足だ。そのお坊さんをちらっと見たと思うとジュース売りのオネーサンは何かジュースを作り出した。そしてそのお坊さんが屋台から2mほど離れたところまでくると立ち止まった。するとオネーサンはビニール袋にジュースを入れ、靴を脱ぎ、お坊さんの前にひざまづくとしばらくお祈りして、ジュースの入った袋をお坊さんが懐から差し出したステンレスのお盆みたいなものに入れ、お坊さんがそのまま去ると何事もなかったように屋台に戻って仕事を始めていた。なんとも美しいシーンだ。これが毎日あるのだ、日常の一風景なのだと思うと本当に仏教の国なのだなーと思い知らされたひとときだった。ホーっとながめていたら目の前をおまわりさんが通りすぎた。銃を下げていた。持ち手の部分に細かい螺鈿細工がされていたのにちょっと感動。日本の警察官の銃はそんなこじゃれたことはされていないだろうな。それにしてもホテルの周りには(観光客の)男性目当てのバーが大変多い。見た目きれいな子がいっぱいいるのだが幸せそうな笑顔はいたって少ない。今日、ツアーで回った地方にある王様のお住まいの敷地内で工事をしていた小さいおばあさんは大勢いた訪問者がその前を通りすぎるたびにニコニコして挨拶していた。その笑顔は心に残るやさしい笑顔だった。おもわず、こちらも手を合わせて「サワディカー」と挨拶したらさらにニコニコして同じように手を合わせてお辞儀を何度もしてくれて、手を振ってくれた。途中で見た川沿いに多くあるはっきりいってあばらやに近いようなお家の住民のようだったけれど、本当にあんな素晴らしい笑顔はそうないと思う。なぜか帰り道で思い出したら涙が出た。たぶん英語なんてこれっぽっちも話せない人だと思うけど何か話してみたかったのが心に残る。そういやマッサージ店のおばちゃんも若い女の子も安いところほど優しい笑顔を向けてくれていたなあ。そうそう、ぞうさん初乗りしたのだった。観光客しか乗らないのでもちろん割高だけど、ゾウに乗ることなんてもうないから乗ろうよ!とジェイクに誘われ、それもそうだなと乗ってみた。2人乗り。ゾウ使いは皆若くて、私達の乗ったゾウさんのゾウ使いさんはどうみても16,7歳。私を見て、日本人だとわかったようでなぜか日本のヒット曲を歌い出した。しかし、演歌・・・・・。しかもうまい・・・。途中にゾウさん休憩タイムがあって、4.5匹のお客を乗せたままのゾウが頭を寄せ合って木陰でしばしの休息。乗っかっている客どうし「どっかから来たの?」とか、{こんなに暑くて湿気もあるし、ゾウも大変だねえなどとなんともマヌケた話しなどをした。」イタリア人のカップルは妙にというかやはり陽気な国柄なのか「写真撮り合おうぜ!」とかいってゾウの頭越しにカメラを交換して写真をとったり、いかにもイタリア人らしい歌など大声でおおらかに歌っていた。なんか思いっきりバケーションな一日だった。こんな日ばかりが続くといいのだが・・・。

夏の宮殿

これもお寺

お寺です
12日、今日はお買い物デー。ローズのお父さんに付き合って貰おうと思っていたのだが、奥さんの急病で無理になり、ジェイクと2人で出かけた。電車で行くつもりだったがホテルの入り口でタクシーのおっちゃんが乗っていけ、安くするからというのでタクシーに乗った。タイのタクシー恐るべし。目的地まで行くまでに行きたくもないところにも連れて行かれた。つまり高いみやげ物の店。私はプリプリだったが、ジェイクはいいじゃん、買わなきゃいいんだからと平気そうだった。しかし、こんなとこで疲れてしまったらまたすぐジェイクは買い物に飽きるに違いない。それが怖いじゃないの。なんとか目的地までつれていってくれたがどこもかしこもいきおいがありすぎて圧倒されてしまった。しかも布地屋をさがそうと地図を広げてたら親切そうに寄ってきた男性が道を教えてくれた。布地屋を探しているというといいところがあるからつれていってやるという。予想通り、たいしたことのない店だった。やはり観光客をゲットしては店に連れて行き、マージンかなんかもらおうという腹であろう。恐るべし。ウカウカできない。逃げるように断って自力で店探し。なぜかやったらセクシーな服の店とマタニティウェアの店多し。どういうことなんだろ?ぐったりして、今度こそ電車で帰った。ホテルへの帰り道、ジェイクがいやみばかりいうのでムカーッとしてたらタバコをポイ捨てしたところを警官に見つかり、ジェイク罰金を払う羽目に。屋台でジュース一杯20バーツくらいで飲めるのだが1,000バーツ支払った!内心、いー気味!と思ったアクマな私であった。さて最後の夕食なのにジェイクはプールバーでハンバーガーを食うという。食欲のない私はコーヒーだけ。ここも若いタイの女の子達が白人のさえないおっさんらにおしりをなでられたりしていてムカーッ!私はプリプリしていたのでジェイクと険悪になった。気分直しに2人で最後のマッサージに行った。2人並んで受けているとジェイクの隣に日本人男性が来たのがカーテン越しに判った。どうも若いタイのおねーちゃんを連れていて横に待たしているらしい。この(たぶん)おっさんがなんとずーっとオナラ連発。マッサージで押さえられるたびに出るようでおばちゃんも爆笑しながらもんでいた。しかしこのおっさん一言のごめんもない。隣にいる私達はトホホであった。3日間通ってすっかりおばちゃんとも片言英語で話せるようになっていた。「もう帰るの?もっといたらいいのに。」とかなんとかいいつつバナナおいしいよー食べなさいとかお茶飲みなさいとかどこの国のおばちゃんも同じだなーと思った。今夜11時の飛行機なのに6時にはホテルを出た。タクシーのおっちゃんは「まだまだ時間あるじゃないか。本当に良いのか?空港にいっちゃって?」としつこく何度も聞いていた。私的にはもっとうろうろしたかったし、何でタイまできてあっちこっちにあふれるようにある屋台でタイ料理たべれなかったんだろ~シクシク・・・であった。全然食欲なかったしな。ストレス発散する為に来たはずのタイをストレス溜めて去ることになった。さて空港内は何でもかんでも町の3倍以上の値段でへたしたら10倍以上する。何も買う気にならない。ただジューススタンドの女の子はとても感じが良かった。なぜだろう、感じのよい女の子は皆顔が似ていたなあ。そんでもってやはり空港内もタイの女の子(ほとんど孫娘)と妙に太った白人のおっさんのカップルであふれていた。一緒に飛行機に乗り込んでいくカップル、ここでさよならしているカップル。今度来ることがあれば絶対田舎の方に行こう。

川沿いの家

川沿いの寺

イギリス道中記


ストーブ前に陣取るフィービーの後姿

キッチンのママ

イングリッシュブレックファスト
再度飛行機に乗ってヒースロー空港へ向かった。ついたとたん、気づいた。「さ、寒い。」やはりバンコクとは全然違う。あわてて上着を着た。さて、ヒースロー空港からコヴェントリーまでバスで移動。今回は事前にインターネットで買っておいたのでフツーに当日買うよりずっと安い。ロンドンで乗り換え有りのチケットなのでほぼ半額である。助かる。クターっとなって寝続けてコヴェントリーのバスターミナル、プールメドォウに到着。ここからタクシーでやっとこさママの所へ。2年前来たときも模様替えされていたがまたもや模様替えされていた。今度もキッチンの壁紙は張り変わっていた。それにリビングルームにはうちのより立派なパソコンスペースが出来ていた。ママ、心臓も足も悪いのにタフというかなんというか・・・。ふとみると足元にネコのベッドやおもちゃがあるではないか。あれ?!と思ってたら何とネコが現れた。死んだフロイドに良く似た面構えのグレーのネコだ。「あ、それはねジャッキー(ジェイクの妹)のネコのフィービーよ♪」とママが教えてくれた。膝にすぐのってくるくらいよくなれたネコだがとにかく全然鳴かない。餌ちょうだいというときも鳴かない。こんなに鳴かないネコも珍しいなあと思った。ソファーに腰掛けていると飛び乗ってきてずーっと私のお腹をもみもみ。さんざんもんだあとは今度はジェイクのお腹をもみもみ。背中をもんでくれんだろうかと本気で思った。しばらくしてジャッキーと娘のサマンサがやってきた。ジャッキーは新しいボーイフレンドのニックと一緒。すごく優しそうな人で、ジャッキーは前回来たときはダンナと別居中でちょっとやつれていたが今はとても幸せそうだった。よかった。サマンサも18歳になっていたがあいかわらずテンション相当高くて、私の味方にばかりなるのでジェイクはひきぎみ。しかしボーイフレンドのジェイミーが明日から軍隊に入るのでしばらく会えないと寂しがっていた。軍隊入隊。日本じゃないよなーとつくづく思う。日本国憲法第9条変わりませんように。夕方、クリストファーもスケボーに乗ってやってきた。13歳になって、背もすんごい伸びていたが顔は同じなのでなんか笑えた。ママがジェイクの好物のラムを焼いてくれた。やっぱおいしいなあ羊。その後、すぐにちょっと寝てくると2階に上がったジェイクはそのまま爆睡。しばらくママとおしゃべりしてから私もちょっと寝ようとベッドに入ったのだが起きたら夜中の一時半。リビングに下りたらジェイクがテレビを見ていた。2人ともやっぱ時差のせいか。
次の日の朝は思いっきりイングリッシュブレックファストのフルコースが用意されていた。やはりイングリッシュベーコンとソーセージはおいしい。日本でも食べたいけど、楽天でも売ってないよなあ。朝食後、ジャッキーとりックとジェイクと4人でマーケットへ。英会話教室で使う本など購入したが他の買い物はいまいちの成果。帰りは途中で車から降ろしてもらい、運河沿いをコヴェントリーセンターまで歩いた。これが結構楽しかった。鴨のカップル、親子、白鳥のカップル(白鳥の巣をはじめて見たよ。こんなフツーの街中にあるところで)がスイスイと水面をいく側で、座っているパイプイスの背もたれ部分しかみえない脂肪たっぷりなおっさんたちが釣り糸をたれていた。街中を流れる運河とは思えないのんきな景色だった。夜はファミリー全員で食事。ママは(心臓が悪いので)ゼーハーいいながらも楽しそうにブッフェ形式のいろんな料理を用意してくれた。食べ終えてから、ジャッキーとりックとサマンサの新しいおうちに行ってなぜかマトリックスのDVDを観た。ここにもネコがいて、こっちはとても可愛いけどいかにも悪そうというか、いたずらネコという感じ。そしてそのままだった。映画が終わり次第、2人とも眠気でふらふらだったので帰った。
次の日の朝、インド人のスーパーでスパイスを買ってからCar Boots sale(カーブーツセール)へ(やはり)徒歩で出かけた。まあ、日本でいうところのフリーマーケット。6時くらいから始まるのだが8時以降に行くと入場料が安くなる。早く行ったほうがいいものをゲットできるチャンスが多いのだから遅く来る人の入場料は安くなるというしくみ。良心的である。ジェイクは本や絵皿、私は靴やらジャケット(あんまり寒かったので)、ネコの本等々を購入。ショッピングバッグ2袋いっぱい買っても全部で日本円で\1,000もしなかった。その後、昔ジェイクが通っていた(ていうかサボッていた)学校近くを通って映画館へ向かった。この学校の横には公園があって、それがまたすごく美しい公園だった。絵画で見たような景色だった。ジェイクも今ごろ「素晴らしい公園だったんんだなあ。」などといっていた。サボッてばかりいたので気づかなかったのだろうか・・・。今度くるときは是非訪れたい。家に戻ってママと3人で食事。ヨークシャープディングだとかピッグインブランケット(ポークソーセージの周りにベーコンがぐるっと巻いてあるもの)だとかジェイクの好きなものばかりでママの愛全開。カロリー高け~!と思いながら食べたけどおいしかった。次の日(というか夜中から)ビッグマウンテン時代にサポーターをしていたパリに住むソフィーをたずねるのでちょっと仮眠してから出発。又もやゼーハーいいながらママがお弁当を作ってくれた。大変だからいいよといったがママは楽しんでいるんだからとジェイクがいうので心配しながら見ていた。3時ごろタクシーを呼んでバスターミナルへ出発。ロンドンで乗り換え、パリ行きに乗り、爆睡。

フランス道中記


ソフィーとジェイク

ワインを哺乳便で
パリに着くと、ソフィーと彼氏が迎えに来てくれていた。とりあえず、ソフィーのアパートでちょっとくつろいでから夜はいきなりソフィーのお友達の家であるパーティーに参加することになった。フランス語喋れないよーと心配したが、いろんな人種の人々がいて皆さんすごく気さくでえらい楽しかった。生まれて初めてベルベル人の人とも片言英語で話しをしたし、さすがフランスというかケーキもワインもチーズもべらぼうにおいしかった。このお邪魔した部屋の人は私が今まであったことのある男の人の中ではダントツ一番のおだやかオーラに包まれている人で、なんなんだ!このものすごくやわらかい雰囲気はっ?!と見とれてしまった。一生懸命片言の英語で話してくれた。最初、スペイン語話せる?と聞かれたのだが、あとでわかったのはこの人スペイン語はペラペラなのでもし私も話せたらと気をつかってくれていたようだった。いい人だ。しかもこれもあとで知ったのだが仕事はホームレスの人々を治療している歯医者さんでお金儲けをしない医者なので他の医者からは変人だと思われているらしかった。もうすぐパレスチナに行って難民の皆さんに治療を施しにいくらしいと聞いた。スゲー人。忘れがたい人だ。実は20年位前に一度パリを訪れたことがあってそのときは嫌な思いばっかしたので印象悪かったのだが、フランス人のイメージ一気によくなりました。行きも帰りもソフィーのボスの女性の車で行ったのだがこの方の車がウチの軽トラに負けないノリの車で運転席には助手席側からしか乗れないし、走っている途中で窓がゴーン!と勝手に開いたり(落っこちる)してソフィーが内側からずっと支えていたりした。最後まで楽しい一日だったなあと思いながら寝袋で就寝。
17日はバケットサンドをハグハグしながらテクテクと運河沿いからポンピドゥー現代美術館方面へ向かった。天気は最高だけど寒いのでしょっちゅうトイレに行きたくなるが悲しいことにここパリは観光地にもかかわらず(だからか?)公衆便所は40セントもする。しかも探しているときにかぎって見つからなくて何度もあせった。尿道炎になるかと思った。やっとポンピドゥーについたと思ったら、何と定休日。しかたなく美術館前の広場でたくさんの人が座り込んだり寝転んだりしてくつろいでいたので私達もしばらくぼーっとした。夜7時にモンマルトルの丘の教会前でソフィーと待ち合わせして一緒に食事する約束なのでそちら方面にぶらぶらと当てもなく歩いた。途中でこれほど量も種類もあるビーズ屋は初めて!という店発見。くらくらするくらい天井ぎりぎりまで並んでいた。本当の所全種類欲しいくらいだった。なにせ安い。そして一袋がでかい。なんでも高いパリでここだけは安かった。おばちゃんでおお賑わい。ジェイクもフンフンいいながらチェック。「これは日本では見たことない色だねえ。」とかなんとかつぶやくのでおもわず籠に入れた。いざレジに立つとなんか重い気がして、「旅はこれからなのに重いかなあ?」とジェイクに尋ねると「(籠を手に下げて)重くないよ。」という。安心して購入。するとその直後「あ、重いわコレ!アハハハハ!」だと!ムッカー!である。途中度々カフェでカフェオレなど飲んで休憩してはモンマルトルへ到着。教会までは階段があるのだがわずかの距離に有料のゴンドラみたいな、エスカレーターみたいなものが脇にあった。歩くのが苦手なアメリカ人の為さ!などとフランス人は笑っていたがマジそんな感じで大抵の人は階段を登っていたが明らかにアメリカ人観光客と思われるグループはこれを利用していた。さて教会前からソフィーのアパートのある辺りがはるかかなたに見える。約15kmは歩いたね。ここは観光客だらけだ。そしてカフェは軒並み値段が高い。コーヒー一杯\500くらいするのでバンコクとのギャップにくらーっとした。寒いのでうろうろしてソフィーを待った。ほぼ時間通りにソフィーがあらわれ、わりと近くのフォンデュのレストランへ。小さな店だがものすごくフランス人らしいユーモアのあるおやじのレストランでワインは哺乳ビンで出てくるので皆哺乳ビンをチューチュー吸って飲まねばならない。外から見たらいい大人が皆哺乳ビン持っているので笑えるだろうなと思った。私達はこのおやじのユーモアに大笑いしてたのだが私達のすぐあとに入ってきたアメリカ人グループは何か機嫌をそこねたようで注文することなく出ていってしまった。9・11以降どうも何でも笑い飛ばせるはずのアメリカ人がアメリカ人らしさを失いつつあるように感じられた。ところで私達はチーズフォンデュを注文したので籠に小さく切ったバケットが入って出てくる。それが減ってくると、このおやじがさーっとやってきてはその籠とバケット満載の籠を取り替えていくのでまるで割り子そばのようであった。どれだけ食べたのかさっぱりわからないがお腹パンパンになった。私達が入店したときはガラガラだったのにあっという間に満席。やはりこのおやじのキャラのなすわざかもと思った。さんざん飲み食いして10時ごろ店を出た。ソフィーが「無料タクシーが来るから。」というので表で待っていると彼氏のルークが登場し、見せたいものがあるんだよんといってエッフェル塔に向かった。夜はオレンジ色に輝く塔。しばらくすると突然キラキラと点滅する明るい光に覆われた。おおっ!とびっくりしてたら回りにいた人々が写真を撮り始め、暗闇の中でキラキラ光るミニエッフェル塔を売り歩く商売人がどこからともなくわらわら集まり出した。寒いのにご苦労様である。どうやら夜は一時間おきに10分くらい輝くらしい。ジェイクと私も慌てて写真を撮った。点滅が終わると又、車に乗りこんでアパートに向かったのだが途中なんでもないようなトンネルを通った後、ルークが「今のトンネルはダイアナ妃が事故で死んだとこだよ。」と教えてくれた。本当にどうってことないところで、こんなところで事故するほうが難しいんじゃないだろかという感じ。やはり暗殺だったのかもと思った。今夜も部屋に戻るなり爆睡。
次の日はジェイクと2人でソフィーのアパートから歩いて5分くらいのところに在るCITIというまあ日本語でいうところの科学館&産業館のある公園へいった。ここは運河をはさんでいてすんごい広い敷地面積。どの建物もまるで万博のぱぴリオンみたいにでかくてかっこよかった。しかもこの建物の中も外にも5歳以下の子供達の為の施設がいっぱいあって外から見ていてもすごく楽しそう。私、40歳超えてますが混じって遊びたかったくらいである。なんにしろ、どこもかしこも子供にとって楽しくて勉強になるものだらけ。日本の子供達にもこんな施設があればと本当に思った。日本政府よ、へたに道路ばっかり作るカネがあるならこういうもん作ってくれ。ところでこの敷地内に潜水艦がどーんとあって内部にはいれるという。ジェイクがゾウのときと同じように「潜水艦にはいれるなんてことはこの先もうないよ。」というので入場することに。しかしなぜかチケットはクレジットカードでしか買えず。しかも暗証番号の入力とかもなんもなかったので個人情報大丈夫なのか?フランスよ!と少々ビビった。このあとボート好きのジェイクに付き合ってボートで運河を下るツアーに参加。途中、先ほど訪れたCITIの真中を通ったのだが、まあこのパリにどれだけ子供がいるねん!とつっこみたくなるくらい大勢の子供達とその保護者、若者であふれかえっていた。それぞれ芝生に寝そべったり、走り回ったりして多いに楽しんでいた。やっぱ、芝生があるのっていいなあと思った。日本の学校のグラウンドはなぜ芝生にしないの?とジェイクに聞かれたが私もそう思う。それにしても平日だというのにどうしてこうのんきにしている人が多いのだろうか。ルークも週に35時間しか働かないよといっていたが、ほどほどに働いて日々をエンジョイしている人がほとんどなのだろう。うらやましい限り(私も働いてないけど)。間違っても携帯握り締めて、画面に見入っている人はいませんわ。今回、ジェイクのパリでの目標というか決めていることは毎日各国料理を食べることなので今朝はトルコの軽食ケバブだったので夜はインド料理屋へ。なんか本当にバケーションですな。後が怖いわ、やはり。
パリ三日目は今度こそポンピドゥー現代美術館へ。やったら課外授業と思われる幼稚園児ぐらいから高校生くらいまでのグループだらけ。ここで初めて『ルイヴィトン』のバッグをさげてる人発見。がっつりお金稼いでパリにきましたという感じの韓国人のおばちゃん二人連れだった。そういや日本人というと写真とりまくっていると思われがちだが実際どこでも写真撮りまくっていたのは中国の人々だった。まあ、白人からみたら皆日本人に見えるんだろうなあ。えっ?ここで?というような所でも撮りまくっていたなあ。それにしてもこの現代アート、はっきりいってどこに値打ちが?とギモンな作品も多かったのだ。芸術の価値ってわからん。そんでもってジェイクが楽しみにしていた時代の部屋が改装中で封鎖されてて見れなかったので早々に出た。人が多くて疲れるので運河沿いをブーラブーラと歩く。ノートルダム寺院の前を素通りしてルーブル美術館横の噴水前でちょっくら昼寝。今日も歩きずめだ。それにしてもしつこいようだがトイレにいきたくなるたびに小銭握り締めてあっちこっち走りまわらなければならないのでいいかげんイライラしてきた。どーにかしろよ、フランス政府。凱旋門を正面に見とおす人通りの多いところで通行人の邪魔になっている集団を発見。悲しいことに日本人の団体だった。何か若い子向けの雑誌にのってそうなポーズを取ってかわるがわる写真を撮っていたのだ。すっかりもりあがって周りが見えてない。「周囲の状況を見ろよ。」と心の中で叫びつつ恥ずかしいので逃げるように立ち去った。本当に残念だけど、こういう状況を作っていたのは大抵、アメリカ人・中国人・日本人なのであった。さて、観光スポットから5分も歩いて離れるともう観光客はいなくなり結構静か。今夜はひさびさにメールチェックしたいというジェイクのリクエストもあり、ソフィーの働くCSIAのオフィスに向かった。ソフィーと他のスタッフがミーティングしてる間に私もメールやニュースのチェックなどした。10時頃(といってもまだ明るいので気分は6時くらい)そこにいた皆で近くのクスクス料理屋にいって食事をした。おいしかったけど食べきれず。くやしい。一時くらいに皆さんとお別れしてメトロ(地下鉄)で帰宅。夜中の一時でも公共交通機関があるって素晴らしいよね。明日はイギリスに戻るのでまたもやとっとと寝た。
そしてパリ最終日、朝7時くらいにおきてシャワーを浴びたりしてから8時に出発。やはりビーズのせいか、荷物がベラボーに重い。フラフラしながらメトロの駅に向かった。途中までソフィーとも一緒だったが乗り換えがあったので車内でさよならをした。お世話になったありがとう。

コーンウォール道中記 その1


Jake & Martin

マーティンち

これもマーティンち
さて、プリマスから今度はジェイクの友達のマーティンの住むRedruth(レッドルースとでも書くしかないか)へバスで移動。このマーティンはCornwall(コーンウォール)地方一帯のみならず、海外でもハイキング・トレッキングのガイドをやっている人だ。さて、迎えにきてもらうのかと思っていたら「さ、いくか。近いしな。」とあっさりジェイクが言うではないか。すでに小学一年生一人分くらい重さの荷物をしょっていて、なおかつ前には2歳の幼児分くらいの重さの荷物を抱えている身では登り坂は非常につらい。地面に足がくいこんでいるような気になりながらのたりのたりと歩いた。ちょっと歩いただけでなんかもう、胸の辺りがキューッとなってくる。一キロくらいがんばって歩いたあたりの道路脇でジェイクのタバコ休憩があったのでそのとき「あの~、電話して迎えに来てもらったらどうかなあ?」というと「まだ家には戻ってないと思うから歩こう!」とあっさり却下。再び歩き始めると息はあがってます。「あの~、あとどのくらい?」というと「んー?3kmくらい?アハハ、冗談だよー♪」という返事。ゲーッ!っと思ったが、冗談かあとホッとしたのだが結局2kmくらいはあった・・・。ついてすぐ玄関にマーティンが出てきて「エーッ!!歩いてきた?なんで電話してくれなかったの?迎えにいったのに!」やっぱり。マーティンの後で娘のレイチェルが「ウッソー!バス停から??遠かったでしょ?」というのも聞こえた・・・ええ、ええ、遠かったですとも。「アハハハ!いやー、たいしたことなかったよ。近い近い!」とさくーっと返事するジェイク。アンタだけは・・・。しっかし、このマーティンのお宅は元は古い農家(farm house)でほぼ廃屋状態だったらしい。20年くらい前に購入したときは日本円で10万円くらいだったそうだがマーティン自身が修理・建て増しをしていてカントリーハウスとしてはとんでもなく立派な豪邸に生まれ変わっていて雑誌にでてくるような家だった。庭もどこまであるねん!とつっこみたくなるくらい広い上に花や木がいたるところに植えられていて「あーもう、ずっとここにいたい!」と思うような感じだった。部屋も本当に雑誌で見たような温かな雰囲気に飾り付けられていてセンスのよさが感じられた。こんな大きな家に娘と息子と老犬、猫の3人と2匹ぐらし。実は奥さんは昨年出ていったらしいのだが、私には「なぜこんなスンバラスィーところを出ていくの?」と理解できませんわ。マーティンはおばさんウケする感じのユーモアのあるちょっとポールニューマンに似た人だ。4年前にコーンウォールに来たときはパブでちらっとみかけただけだったのでどんな人かよくわからなかったが、明るくてすごくいい人だった。今回は2日も泊めてもらってランズエンドからのウォーキングツアーにも混ぜてもらえた。ツアー参加者はカナダからのビッグなおばチャン2人とドイツ在住のイギリス人のおばちゃん1人とフランス在住のおばちゃん1人の計4人。あと、マーティン家を訪問中のお友達ジョーも参加でジェイクとマーティン以外は全員女性というかおばさんだ。一週間のトレッキングツアーらしい。月曜日に私達が混ぜてもらったときはもうすでに何日か済んでいたみたいで皆さんなじんでいらっしゃったのだがどうも皆さんマーティンファンのようだ。なんとなくわかる。もてるおっさんだ。マーティンのツアーはおもしろくて途中危険なとこにも希望者のみ参加のよりみちであるスクランブルがあって飽きない。砂浜のそばまでいったときは道をはずれてズブズブと砂浜を横切ったりするので以外性もあった。皆濡れるのでキャーキャーいいながら楽しんでいた。大きな岩がごろごろする辺りまで歩いて岩の上でお昼ご飯。このマーティンのツアーはホテルから送迎、昼ご飯、ガイド全部込みなので一人で参加してもとっても楽チンなのだそうだ。今までの日本人の参加者はたった一人(ジェイクの京都時代の生徒さん)だけ。日本にはウォーク好きの年配の方が多いのでもっと宣伝できればいいのになあと思った。昼食を終えて、しばらくしたらマーティンは出発前に駐車場に止めていた車を取りに戻ったので、この先はしばらくジェイクがおばさんたちを引率することになった。やはりマーティンがいなくなったらおばさんたちはちょっとつまらなさそうというか不機嫌な感じになった。ワハハ。おばちゃん心が手に取るように見えた。4時くらいまで歩いて着いたポイントにちょうどマーティンが迎えに来たのが見えた。おばちゃんたち笑顔。ここでツアー参加者の皆さんとは別れ、マーティンの車に乗せてもらっていた4日分の食品満載の重~いザックを受け取り、ジェイクと2人だけでさらにフットパスを歩くことになった。今朝、出発前に天気予報をチェックしたら夕方から雨とのこと。今日は野宿の予定なのでびびる。それにしてもテレビのBBSの天気予報はすごく詳しくて日本の天気予報とはずいぶん違う。こんな天気予報だったら見てても勉強になるなあと思った。さて、皆さん別れてすぐに雨が振り出した。予報通りだ。覚悟はしていたけどいざ実際に雨が降ってくるとブルー。レインウェアを着込み、荷物満載のでっかいザックにザックカバーをかけてしょって歩いていると大亀と小亀が並んで歩いているようだ。もくもくと崖っぷち近くのフットパスを歩いた。5時ごろ、遠くに白い建物が見えた。B&Bに違いない。じーっと見てると「泊まりたい?でもこの辺りのB&Bはすごく高いよ。うん、すごく高いけど泊まりたい?」とジェイク。「い、いやいいです。野宿します。」もうこの先には宿はない・・・。6時くらいになったところでそろそろ今日の野宿ポイントを探さねばとあせりだす。途中すれちがった犬の散歩中と思われるカップルはすれちがいざま「Hello。」という口は笑っていたが、目はびっくりしていた。そりゃそうだろう、雨が降っているのに、どんどん日が暮れていく時間帯のこの先宿もない道を2人連れなんて見かけた日にゃ、「この人達、どーするつもりなんだろう?」であろう。椎名誠が本の中でよく『わしらは怪しい探検隊』と言っているが、『わたしらも十分怪しい探検隊』である。さて、なかなかよい雨をしのげる場所が見つからない。どこもかしこもフラットだし、崖っぷちだし。今日は30kmはもう歩いていた。さすがのジェイクも焦っていたが、ある崖っぷちのつきだした方に向かっていってしばらくすると「いいとこみつけたゾー♪」といってにこやかに戻ってきた。これはつまりもっと崖っぷちに見つけたという事だ。向かうとそこには大岩と大岩がビミョーに重なったところがいくつかあった。身体が3/4くらい隠れそうな隙間と1/2くらい隠れそうな隙間を見つけ、それぞれ10mくらい離れたところで寝袋に寝袋カバーをセット。そのあとレインウェアを着たまま、チーズとパンをもぎとるようにして食べつつ、プチトマトを食べ、ジェイクが沸かしてくれたお湯でぬるーいコーヒーを半分こして飲み、8時くらいにそれぞれとっととそれぞれの場所へ。私は3/4くらいの隙間の方だったのがこの隙間、上下40cmくらいしかないので横になったままスライドするようにその隙間に入った。気をつけないと頭を打つ。もう目の前岩です。しかも大きな真っ黒のナメクジも這っていた・・・。良く見ると幾筋ものきれつがあって「今地震でもあったひにゃー・・・。」思わずつぶやく。横向きになって海側を見るとけっこーな崖っぷちなのでもう目の前には海と空しか見えない。上下に地平線の線が一本走っていて、左半分がねずみ色の波打つ海で右半分がやや青みがかったグレーの空。あっというまにちれぢれになっていく雨雲。「思いっきりさびしい景色だな~。」と思いつつ、だんだん情けな~くなってくる。それで寝袋カバーの入り口をぐぐっと閉じて中にもぐりこみ、じーっとしてたら雨脚も風もどんどん強くなってきた。「これって野宿のはずなんだけど、ある意味避難?いや、というより遭難?にしか見えないよなあ。」と思いつつタメイキ。すっぽりカバーをかぶった状態で、もう呪文のように「今度からは雨の日の野宿はイヤです。と言おう。雨の日に崖っぷちで野宿はイヤですって言おう。」と唱え続けた。9時半になってもまだ外は明るいのでなっかなか眠気もおそってこない。と突然、なにかがちょうど私の向うずね辺りの上に一瞬飛び乗って去っていった。「ジェイク?」と中から声をかけたが10m以上も向こうの崖にいるジェイクがわざわざここまで雨の中くるはずもない。「エーッ?何今の!」と思いつつ、じっとしているとずっと下の方から小さく「う~~」とか「あ~~」とか聞こえた。寝袋の中で硬直。あまりの緊張でしばらくすると身体も疲れたようで何度かウトウトしたりした。しかし風は強いし、なーんか冷たいし、寝つかれない。そんな中途半端な状態のまま時間はゆーっくりと過ぎ去った。

きれいな海

ほんとに崖だよな

大阪のおばちゃんの横顔のよう
ふと気づくと朝の6時になっていた。思いきって起きたら雨もやんでいた。ジェイクはカバーをしてたにもかかわらず、カバーのジッパーがある側を上向きに寝てたようでそこから雨が入ってえらく濡れたらしくあんまり寝れなかったらしい。昨晩のことを話すと「ピクシー(コーンウォール地方の有名な妖精みたいなもん。日本でいう妖怪みたいなもんか。)だろー。」とあっさり。「青空が出たらおこしてよ。」というと再びずぶぬれの寝袋に戻っててっぺんの禿げの部分だけ寝袋から出した状態で再び寝出した。しかたなく一人でうろうろ。しかしよくこんなところで夜明かししたもんだと朝になってつくづく思った。*上の写真参照*7時ごろ再度ジェイクを起こしてラズベリーやバナナの朝ご飯を食べて出発。一時間くらい歩いたあとコーヒーを沸かして飲んでさらに3時間くらいもくもくと歩き、やっとこさカフェのあるところに出てまともなコーヒーを飲んだ。さらに歩いてトータル20kmくらい歩いたところでついにマウゾーにでた。このあたりは観光客だらけなのでパス!とばかりにペンザンスまで10分くらいバスに乗り、ツーリストインフォメーションでB&Bを予約してマラザイアンへ。

コーンウォール道中記 その2




マラザイアンはバスで10分くらいしか離れていないけどペンザンスみたいに観光客で賑わっていないので割りと静か。人通りも少ない。以前来た時とほとんどなにも変わっていない町並みになぜかほっとする。とりあえずまっすぐ予約したB&Bにチェックインしてシャワーを浴び、ずぶぬれの寝袋を干し、服を着替えてジェイクのずぶぬれの靴下など洗濯してから、ちょっくらSt.マイケルマウントなど見に散歩にでかけ、フィッシュ&チップスを食べてからパブレストランで一杯づつビールを飲んでボヤーっとしてB&Bに戻ってわりとすぐに寝た。今日は19kmくらいしか歩いてないので割りと楽だったな。あーベッドで寝れるのって幸せだ。家の中って濡れないからいいねー。



次の日は9時ごろB&Bを出発し、ひたすらフットパスを歩く。あいかわらずあっちもこっちも花が美しい。一体何種類の野花があるのだろうかと思うくらい様々な花が咲いていて楽しませてくれる。花を眺めているとヘロヘロな気分になっても歩く元気がでるのだ。今日は割りとフラットなコースなので軽く30kmくらいは歩くことになりそうだ。昨晩、「膝が痛い!」と訴えるジェイクの左膝をさわってみるとちょっと水がたまっているような感じでわずかにぷっくら腫れていた。大丈夫なのかと心配してたがなぜか3時間くらい経ったら「あれ?」というくらい痛みがひいたらしい。不思議だ。でも一応、まめに休憩した。昼頃、名前忘れたけどビーチの側のカフェで『コーンウォールに来たらコレ食べなきゃウソだろ』アイテムの1つであるクロテッドクリームのティーセットを頼んで食べた。思いっきりカロリー高いのだがとろけるようにうまかった。ホームメードアップルパイも売っていて食べたかったがベラボーに一切れがでかいのであきらめた。予定していたPorthleven(ポースレヴン)も超えてガンガン歩いた。夕方になって大きな砂浜を超えて、有名なアーサー王がエクスカリバーを投げ入れたというLoe Pool湖を越えてそろそろ野宿ポイントを探すことに。「今日は天気もいいので、サンセットを見よう!」とのことでさらに歩いて歩いてまたまた崖っぷちで野宿決定。ここは一面花が咲いていて花の上で寝る感じだ。寝転ぶと花に囲まれてほんわかと幸せな気分になる。「たまには(っていうか一回くらい)奥さんの写真も撮ってみたら?ホラ花に囲まれててさあ。」とデジカメ構えてあっちこっち撮っているジェイクにニコーっと笑って声をかけたが「なんで?」とあっさり言われてガクーっと諦めた・・・。やはり景色にしか興味ないんだよねえコイツは。ちょっとムカー。まあなにより晴れてて良かったとするか。それにしてもジェイクと結婚して5年経つが、だいぶ慣れたとは思っていたがまだまだ腰が抜けるような未知との遭遇を経験させてくれる。とてもじゃないがこんなおおっぴらに公開している日記には書けないようなこともあったりする。はあ。さて今日の野宿ポイントからは最初の出発点のランズエンドの岬の先端が遥かかなたにかすんで見える。この重い荷物しょってよく歩いたなあと自分のことながら感心してしまった。さて、サンセットを待つのだが8時になってもまだ4時くらいの雰囲気で太陽はまだまだ消えませんゼ、フフフという感じで強い日差しを投げかけている。向こうのほうの崖っぷちでもカップルと思われる人影が見える。同じようにサンセットを見ようとしているのだろう。寝袋に下半身だけつっこんでボヤーっと待つことさらに2時間くらい。あとすこしで地平線に太陽がかかろうとしたころ急に雲がだーっとながれこんできてサンセット見れず。カメラを構えていまかいまかと待っていたジェイクはすんごい悔しかったようで放送禁止用語連発。ほっといてとっとと寝た。

コーンウォール道中記 その3




翌朝6時に目覚めると、2年前のレイクディストリクトの野宿の時と同様に辺りは真っ白に霧がたち込めていて小さな島に浮かんでいるような気分になった。これでは景色も楽しめないなとコースト沿いを歩くのはやめてやや内陸の道沿いのコースに向かい、マーロンに出た。幸い感じのよいカフェのあるデリを見つけ、朝ご飯。安くはないけどおいしくてホームメイドのものが沢山あった。ここを出てからバスで15分ほどのジェイクの友達のブライアンが住むリザードへ行くことに。このバスの運ちゃんがNHKのBSでやっているERに出てくる気のいい受け付けの兄ちゃんによく似ていた。愛嬌のあるでっかいおっさん。(たぶん、若いのだろうが・・・)が、運賃を払っておつりを待っている間ふとその腕を見ると大きく『死天』と刺青が入っていた。な、なんでこんな刺青?としげしげとよく見ると『死』の左部分の夕にあたる部分に´(てん)が入っていなくて「ク」になっていた。よくあるケースだけどおもいっきり漢字間違っている・・・しかもこんな大きな刺青で・・・。大体、なんだってこんな漢字チョイスしちゃったんだろ。席についてから「あの人の刺青おもいっきり間違ってたよ。」とジェイクにこそーっと言ったが「いいじゃん、本人は気に入ってんだから。」と言われた。そりゃそうだけどね。この運ちゃん、なぜか思いっきりぶっ飛ばす。コーナーに差し掛かる度に急ブレーキかけるので乗客皆上体がグラングランしていた。突然途中の藪のある辺りでバスが急停車。運ちゃんはかけ降りて、道路反対側の藪に走っていってしまった。どしたんだろうと思ったが3分くらいしたら又走って戻ってきた。トイレだったのだろうか・・・。しかし今度はエンジンがかからない。エンスト。すると「あーもう!」とかなんとかいいつつ、バスの後方のカバーを開けてガンガンたたき出した。運転席に戻ってエンジンをかけてみたら今度は無事始動。そんでもって私達も無事リザードに到着。ここはコーンウォールの南端ということで観光客が多い。ブライアンに電話して家のある方角を聞いて歩いて訪問。すぐ近くで海が見える家だ。4年ぶりにあったブライアンも奥さんのリサもあんまり変わっていなかったけど息子のオスカーは小学生になっていた。前回会ったときはファルマスの小さな家だったが今度の家は広い庭もあってやや広い感じの良い家だった。しかしどこのお宅いっても感心するのはデコレーションの素晴らしさ。リサはフェルトのアーティストでもあって、製作中のステキな作品がスタジオに並んでいた。ブライアンはあいかわらずバードウォッチャーでいつも双眼鏡を手に持っているのだった。オスカーはすごく人見知りをするといっていたがジェイクのことは気に入っているようで一緒にビデオ見ようとかパソコンでゲームしようとかついてまわっていた。ところでコーンウォール地方に行ったらこれ食べなきゃウソでしょうアイテムその2のコーニッシュパースティー。割りとどこでも食べれるのだがこのリザードにあるパースティーの店はAnn's Famous Parsty(アンの有名なパースティー)という店でコーンウォール1うまいと評判なのだ。このパースティーはなんとなく巨大な餃子のような形の中にジャガイモや肉などがつまっているパイのようなものでもともとは漁師さんが仕事をしながら食べれるようにと作られたらしい軽食だ。ついてすぐ売りきれる前に食べとこうと買いに出た。幸いブライアンの家からすぐのところにある。私達は買えたけど、後もう2.3コしか残っていなかった。やはりすぐ売りきれるようだ。そんでもってやっぱりここのはおいしい。皮の部分(パイ部)がおいしい。だんとつだ。形というかパースティーの閉じ方もちょっと一般のとは違う。小さいので日本円で¥300くらい。私には小さいほうで十分。はっきりいって小さくないし。食べ終えてからブライアンとジェイクと3人で岬の方まで散歩。ブライアンはやはりバードウォッチング。あとは夕食までダラーッとして猫と遊んだりしていた。この猫はとっても可愛いのだがワイルドだった。庭で何か押さえつけたなと思ったら小さいネズミ。いきなりガジガジ食べ出したのでびっくりした。夕食はブライアンが作ってくれたのだがすんごくおいしかった。トーチャンが料理も洗い物もしてくれるなんてうらやましい限り。ワイン飲んだりしてすっかり寛いで寝袋で寝た。(ブライアンがエアベッドを持ってきてくれたけどすっかり寝袋慣れしているので断った。あきれていた2人)

廃屋ですな

きのこ

ここもフットパスの一部
次の日、出勤するリサに再び昨日バスに乗ったマーロンまで送ってもらい、フットパスウォークを再開。リザードまで歩くことに。マーロンからリザードへは結構沢山の人が歩いていた。距離も短いのでちんたらちんたらと歩く。マーロンからリザードへのフットパスはジェイクのお勧めだったのだが霧が掛かっているとはいえ、大変美しい海岸線だ。この辺りで有名な緑色の石など拾ったりしながらのんきに歩いた。遠くに風力発電のウインドミルが沢山見える。エコですなー。そういや途中カフェでコーヒーを飲んだりしたのだが、このカフェは太陽光発電でコーヒーを沸かしている『エコカフェ』だった。このあたりの建物の屋根はたいがいスレート瓦なのだがそのスレート瓦そっくりの発電プレートがまるで瓦のように並んでいてパッと見では気づかない。注文品の運ばれてくるトレーにどれだけの発電が出来て、どれだけのコーヒーやティーが作れるかなど詳しく書いてあって興味深い。こういうカフェが日本にもいっぱい出来ればいいのにな。ゆっくり歩いたが2時頃にはリザードに着いた。ランズエンドから始まったウォークもついに終了した。偶然、マーティンのツアーに参加してたおばちゃんたちと遭遇。おばちゃんたちも今日はリザードまで歩いていたようだ。どうやら今日が最終日らしかった。カナダからの2人は明日はロンドンに発つらしい。マーティンにも再会した。今夜、ファルマスで会うニック達とホテルのプールに行くので一緒にどう?とマーティンをジェイクが誘ったので夜また会うことに。マーティンが「ジョーも一緒にいかない?」と誘ったのでジョーも一緒に行くことに。おばちゃんたちなんとなく悔しそうであった・・・。荷物をまとめてブライアンにお別れをいってバスで今度はヘルストン経由でファルマスへ。ファルマスは港町で人もお店も多い。お土産屋さんやアンティークショップ、スーパーなどいろいろあるがやはり4年前と全然変わっていないのがいい。まず、ノーマンの家に行って奥さんのコーリーと4年ぶりの再会を祝い、荷物を置かせてもらって近くのリックを訪ねた。昔、ジェイクがサインライター(看板屋さん)として働いていた頃いっしょに働いてよく2人でバックギャモンをしていたらしく、後でやる約束をしていた。とりあえずお腹がすいていたのでフィッシュ&チップスを食べに行き、それからノーマン家に戻り、ホテルのプールにリックとボブと4人で出かけた。¥600くらいの入場料を払うと室内プールとその横にあるジャグジーもサウナも楽しめる。もちろんタオルレンタルも無料。安いなあと思った。リサに水着を借りていたのでひさしぶりに泳いだ。ジャグジーもひさしぶりのお風呂感覚でのんびりできた。しばらくするとマーティンとジョーも来て9時半くらいまで楽しく過ごした。10時くらいにリックのところへコーリーやボブ、マーティンとジョーと集まってワインやおいし~いチーズを楽しみながらわあわあおしゃべりした。マーティンとジョーはすぐに帰ってしまったけどノーマンが出張から戻るまで待とうと2時くらいまでなんとか眠い目をこすってがんばったがもう限界ということでジェイクと2人、お先に失礼して即爆睡。

コーンウォール道中記 その4


ここが有名な湖ざんす

エクスカリバーはここに投げ入れられた!

昨晩もずっとバックギャモンをしていたジェイクとリック。朝一、またやる約束をしていたらしい。私達が寝てる間にやっと戻っていたノーマンとやっと会えた。一緒に朝ご飯食べてからノーマンとジェイクとリックん家へ。それにしてもなんとなくコーリーがじっと私の顔を見てることが多い。なんでだろう。しばらくするとジェイクはマーティン家に残してきた荷物を取りにノーマンに車で連れていってもらうことになった。その間「君は大好きなショッピングを楽しんできたら。」といわれそうすることに。てくてく歩いてあっちこっちのチャリティショップやスーパーなどを覗いた。アンティークショップが多い通りも見て歩いた。オークションで高値になりそうなものも多く、「アー全部買いたい!」と思いつつウズウズしながら「でも荷物もうコレ以上ふやせないし・・・。」とうなだれつつ見て回った。一軒だけなんか広いのにやる気のない感じのアンティークショップがあるなあと思ったらボブの店だった。ボブはいったいどうやって生計を立てているのかと不思議でしょうがない。ぼちぼち帰るかとノーマンの家に向かう途中、いつも人がいっぱいのスーパーに立ち寄った。まあいわゆるディスカウントショップのチェーン店。キッチングッズも文具も安い。「うわ、これいいなあ!ああこれ欲しかったんだ!でもでかいしなあ、ああドラエモンのどこでもドアが欲しいいいいい!」とぶつぶついいながら日本では売っていないブルーの湯たんぽだけ買ってうなだれて店を出た。家に戻ってほんの2.3分後にジェイク達が戻ってきた。「あれ?もうショッピング終わったの?早いねえ。」といじわるなことを言うジェイク。「もう、買えないの知ってるジャン。」というとワハハハハと笑っていた。ムカーッ。出かけていたコーリーも戻ってきたので3人で散歩。途中、寒かったけどコーンウォールに行ったらコレ食べなきゃウソ!アイテム3のコーニッシュアイスを食べた。おもいっきりこれも高カロリーしかしうまい。家に戻って荷物をまとめてノーマンにトゥルーロー(Truro)のバス停まで送ってもらうことに。お別れの挨拶をしてたらコーリーが「ねえ、ちょっと聞いて良いかしら?ヨーコはどうして『しわ』がないの?どういうお手当てをしているの?」と聞いてきた。そうかそれでじっと私の顔を見ていたのか。ずっと聞きたかったのか。「えーっと、あのー(なんでか聞かれても何もしてないだけに)なんていうかー。」困っていたらジェイクが「あ、日本人は皆こう。皆若く見える。けどある程度年取ったら突然歳相応のおばあさんになるよ。」とけろーっと答えた。「あ、あらそうなの。」と納得するコーリー。まあ、いいけど。トゥルーローのバス停は閑散としていた。目の前がショッピングモールだがさすがイギリス圏、まだ7時半くらいなのだが日曜日はとっとと早い時間に閉まるのか最初から閉店なのか開いていない。日本では考えられない。あー、ついに日本への帰路かーと思いながらバスを待った。しばらくするとバスがやってきた。乗りこんですぐにピアス片方がなくなっていることに気づいた。さっきザックをかついだときにひっかかって落ちたに違いない。一番気に入っているものだったのでガーン!ああ絶対バス停のどこかに落ちてるよ・・・・・。なぜだか毎回旅に出るたびターコイズのアクセサリーを1つなくしてしまうジンクスができてしまっている・・・。しくしく。




うしさん


灯台

帰国の途


リサのデンマークの食器

かわいいアンティーク食器
またもや何時間もバスにゆられ、翌朝にはヒースロー空港に到着。飛行機の時間にはまだまだ余裕があるのでとりあえずチェックインして身軽になってから空港内のカフェで最後のイングリッシュブレックファストを食べ、ジェイクのママにこれから帰るという電話をした。今回はママんとこに滞在したのが本当に短かったのでちょっと残念。しかしまあ、私達がいるとあれこれ世話をやこうとウロウロするので(このあたりは私の実家の母も同じだ)、その度にハアハア息を切らすから心臓の為にはよかったのかもしれない。ジェイクは飛行機に乗っている間はタバコが吸えないので搭乗までほとんど喫煙ルームに入り浸り。乗ってしまえば11時間以上吸えないもんな。そして搭乗。なんと2時間も何かのトラブルで出発が遅れてジェイク「早く出せー!」と怒っていた。ホントに短気だよアンタ。飛行機の中での楽しみ、それは映画。前から見たかった『ホテル・ルワンダ』。もう眠くても必死で見た。そしてこっそりと泣きました。いやー良い映画ですよ。憤ったりしますが。なんせ実話だもん。本当に日本にいるとたいした情報も入ってこないので戦争はイラクだけで起こっているみたいに思ッている人もいるのではないかと想像しますが、もーあっちこっちで起こっております。多くの人が嘆き悲しみ、命を落としております。戦争はいかんなあとつくづく思いました。さて乗り換え地のバンコクに到着。やはり暑い。そして若くてきれいなおねーさんがいっぱい。ここで残っていた外貨を全て日本円に替えたらもう日本に帰るんだなあと実感した。搭乗口近くのイスに座ろうとしたらもう床にまで座っているくらい人がいっぱい。ふとみるとなんとそんな状況でイス3つ使ってくかーっと寝ている女の人がいた。なんつー奴だ!と憤慨。やっぱり悲しいことに日本人女性。向かい側に同じ団体と思われるおばさん達が座っていたのだが誰も起こそうともしない。トホホであった。このバンコクから大阪への便はJALとタイ航空の共同運航らしく、食事もおすしがあったりしたし、なによりあっちこっちから日本語が聞こえてきた。しばらく日本語にふれていなかったのでなんか不思議に奇妙に感じてしまった。やっぱり楽しみは映画だけ。このときはオペラ座の怪人。ジェイクはずーっと寝ていた。8時間弱で大阪に到着。バスに乗り換え、京都の私の実家へ。途中の大阪の景色の寂しさに「日本に帰ってきたのねえ。」と実感。さて京都駅からタクシーで実家に。玄関に出てきてくれたのは兵庫県に引っ越していた姪っ子の香織ちゃん。実家に来ていたのだ。娘ののえるちゃんを抱いていた。のえるちゃんとは初対面。家に入ると家中のえるちゃんの写真だらけ。そして兄夫婦にとっては初孫なのでみごとなまでに親ばかならずジジババばかを披露していた。もう一人の姪っ子さっちゃんも仕事から戻ると叔母ばかになっていた。皆してのえるちゃんの写真を撮りまくっていた。赤ちゃんパワーおそるべし。ジェイクが「ヨーコ、竹とんぼ(おじさん)に電話してくれ。」というので「何で?」と聞くと「ウチの家が燃え落ちてなくなっていないか聞いてくれ。」という。「・・・・わかった。」と電話。奥さんが電話に出たので「日本に着いたんですけど、ジェイクがうちが燃え落ちてないか確認してくれというんです。」と聞いた。「え?あ。家ね。ハイハイ、すっかりキレイに燃え落ちているから、心配ないよ。アハハハハ。」とのこと。「えっ!燃え落ちてますか。」とややびっくりして思わず確認。「アハハハハ!大丈夫。あるよー。」なかなかウィットにとんだ奥さんである。電話を切って振り返るとジェイクが「どうだった?(ってどうよ。)」と聞くので「すっかりキレイに燃え落ちてるから心配ないよって。」とそのまま告げた。「そうか、すっかり燃え落ちているか。」といいつつウンウンとうなずいていた。どうなんだ!コレ。のえるちゃんフィーバーのさめやらぬ皆さんにおみやげを渡し、お風呂をいただいて寝床に入ったがやっぱり時差ぼけで全然寝れない。ジェイクはガーガー寝ている。なぜだ。この人いつも時差ボケがない気がする。布団の上でごろんごろん寝返りをうって、結局4時くらいまで全然寝れなかった。結局5時くらいにはまた目が覚めてしまい、そのまま起きた。9時10分大阪発の江津行きのバスのチケットを買おうと八坂神社前のローソンのLoppiで買えるはずなので行ったのだがなんとチケットは6時以降でないと買えない!と表示が出た。24時間営業じゃないんですか?!ガクーッとして家に戻り、もう早く出て大阪でバスチケット買おうと決め、6時半くらいに家を出て大阪へ。チケットセンターでチケットを購入し、近くのカフェでコーヒーなど飲んで時間をつぶし、やっとバスに乗り、江津へ。夕方5時くらいに川戸駅到着。はーついに帰ってきました。長かったような短かったような今回の旅もついに終わりましたな。ここまで読み終えたきとくな皆さん、今回はこんなかんじでした。それでは!

おまけ


リサのスタジオ

リサの作品

これもリサの作品
ジェイクとヨーコの田舎暮らし